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 2017年度支部例会スケジュール

■年間スケジュール

2017年4月8日
2017年5月27日
2017年6月24日
2017年9月30日
2017年11月18日
2017年12月9日
2018年1月27日
2018年3月24日

 

〈6月例会のお知らせ〉

2017年6月24日(土)午後1時半より
   慶應義塾大学 三田キャンパス  
研究室棟A・B会議室


シンポジウム

詩と歩くこと

講師:江田孝臣(早稲田大学)
鷲尾郁(明治大学・非)
来馬哲平(駒澤大学・非)
宮本文(群馬大学[兼司会])


<概要>

    歩くことと思索が親和性を持っていることはおそらく皆が経験的に知っているはずである。その親和性が文学へと昇華した例は、古今東西問わず枚挙にいとまがない。歩くことは人間にとって原初的かつ日常的な動作であるが故に、詩と歩くことの有り様は、詩人の一回の散歩の数だけ、詩人が書く詩の数だけあると言えるが、その一方で、歩くことがロマン主義的な散策、都市の遊歩者といった歴史的な条件が揃って初めて成立する所作、あるいは文化風土と結びついた所作となって詩に何らかの特徴や枠組みを与えることもあるだろう。本シンポジウムでは、William Carlos Williams、Allen Ginsberg、Elizabeth Bishop、Frank O’Haraという20世紀の詩人4人を中心に取り上げ、詩と歩くことを様々な角度から付き合わせることによってアメリカ詩をより豊かに捉え直すことができればと考えている。

バッタが取り持つ縁
Patersonとe. e. cummings, Mina Loy, etc.

江田孝臣(早稲田大学)


<発表要旨>

    周知のようにEzra PoundのCantosは1917年に書き始められ、T. S. EliotのThe Waste Landは22年に、Hart CraneのThe Bridgeは30年に、それぞれ発表された。それに比べ、William Carlos Williamsの長篇詩PatersonのBook Iが出版されたのはずっと遅く、戦後の1946年だった。エピックを書きたいという意志は、おそらく『荒地』の発表直後には固まっていただろう。『橋』の出たときには、強い嫉妬と焦燥さえ覚えた。ではなぜ大幅な遅れをとったのか。理由の一端を、それでは現にどんな手法がPatersonを書くことを可能にしているのか、という逆の角度から考えてみる。誰にでも分かるのは、合衆国最初の産業都市のひとつニュージャージ州パターソン市の歴史を取り込むことだった。この発表では、もうひとつの手法が何であったかを、Book II冒頭の山登りの場面に埋め込まれた複数のテクストを掘り出すことによって明らかにしたい。

 

夢の中をさまよう
Allen Ginsbergの“Kaddish”と“White Shroud”を中心に

宮本文(群馬大学)


<発表要旨>

    Allen Ginsbergは夢を記録する習慣があり、中でも繰り返されるのが「部屋の夢」(Room Dreams)というモチーフであった。「部屋の夢」において、夢の中の主人公(しばしばギンズバーグ自身)はかつて自分がいた家へ戻ろうとさまよい探し当てるものの、鍵が見つからなかったり他の人が住んでいたり別の建物になっていたりするのである。一方で、精神病で長らく苦しんだ母Naomiの死を追悼するために書かれた詩“Kaddish”(1957-59)においては、ギンズバーグは夢の中でネィオミの人生を断片的に往来しながら、彼が幼少の頃に住んでいたニュージャージ州のニューアークやパターソンの家へ戻り、ネィオミにもう一度出会うことによって「部屋の夢」のオブセッションは(少なくともこの詩の内部では)克服され、ヴィジョンが結ばれる。この閉じられた空間である「家」へ入っていく詩人の動きは、空間を常に縦横無尽に移動しながら目撃したものをカタログ的に語っていく“Howl”(1955-56)などと対比しても際立ったものに思える。本発表では、この点に焦点を当てて“Kaddish”並びに、同じくネィオミとの再会が主題であり夢をもとにして書かれた“White Shroud”(1983)の読解を試みる。

 

海辺を歩く、波打際を読む
Elizabeth Bishopの「風景」の問題

鷲尾郁(明治大学・非)


<発表要旨>

    多くの旅をする生涯のなかで暮らした土地には海に面した町もあったためであろう、Elizabeth Bishop(1911-1979)は自らが海辺の土地を歩く経験をもとにした作品を度々残している。的確な観察と微細な描写でよく知られたこの詩人らしく、その詩のなかには多くの風景描写が取り入れられ、さながら静謐な「風景画」という印象を与える作品も少なくない。足をとめ、細部に眼を凝らした精緻な描写がなされているのは、長年、詩作と合わせて絵画作品を描いた、画家の眼をもつ詩人ならではである。
    本発表では、そうした海辺の風景描写を中心としたビショップの詩を読解するが、「風景画のような」という印象を離れて、詩のなかの言葉、細部に意識を向けてみると、そこには、外界を見る「私」、その経験を描く言葉をめぐる省察がさまざまなかたちで織り込まれていることがわかる。そうした詩篇のなかからは、外界の「表象」(representation)にまつわるいくつかの問題が浮上してくるように思われる。この詩人が好んで用いた「地図」というモチーフになぞらえていうならば、ビショップは「風景」の中に、「地図化されえないもの」を描きこもうとしているようだ。このような要素に着目しながら、“At the Fishhouses”、“The Bight”を中心に検討してみたい。

 

“But I Never Knew You Anyway”
SNS時代のFrank O’Hara

来馬哲平(駒澤大学・非)


<発表要旨>

    ニューヨーク派の詩人Frank O’Haraは、MoMAでキュレーターとして働きながら、詩「も」書いた。当時はほぼ無名であった画家や友人を想定読者とし、日常のあれこれを、仲間内でしか流通していない人名を織り込みながら、半ば書き捨てるように詩にしていく。O’Hara 自身によって“I do this I do that poems”と呼ばれた彼の詩は、今日多くのフォロワーを生んでいる。ニューヨーク派の映画版として自らを位置づけるJim Jarmuschは、最新作『パターソン』の一モデルとして、O’Haraの極私的なスタイルを挙げているし、アーティスト兼批評家のFelix Bernsteinは、ソーシャルメディアが「我々皆をフランク・オハラ化」させていると言い、ポスト・インターネット時代のアートシーンを揶揄している。TwitterやInstagram等でO’Haraを検索すると、多くの人々が、彼の詩を断片的に引用し、フォロワーから共感を得ている様を確認することもできる。公共性や普遍性を一顧だにせず、特定の「きみ」に伝わればそれでいい、と言わんばかりなO’Haraの詩が、文学に深い関心を持たない人々の共感を呼び、SNS上で拡散・共有されていく状況は、「公」の存在感が薄れ、「私」の繋がりがグローバルに展開されている現代を反映しているように見えなくもない。
    本発表では、都市を軽やかに遊歩するO’Haraのポストモダン的な側面に加えて、「20世紀にSNS的な詩を書いていたO’Hara」という、もう一つの(真にポストモダン的かもしれない)詩人像にも光を当てたい。極めて個人的な事柄を、一般読者には伝わり辛い詩に書き留めて出版するという行為は、過激な実験であると言える。実際O’Haraの詩には、「まともな詩」として読もうとすると、読めないものが多くある。しかしO’Haraはそれらを、手紙でも日記でもなく、あくまで「詩」として書いていた。SNSによって日常の細部をデジタルデータに変換し、蓄積させていくことが一般化した現代の「私」の発信方法と、O’Haraの詩との(非)親和性を探ることは、「詩」や「詩的なもの」を再考することでもあるだろう。

 

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分科会

近代散文

放棄された相続・放置されたロマンス
American Claimant Manuscriptsにおける時間と空間の移動

小宮山真美子(長野工業高等専門学校)


<発表要旨>

    ナサニエル・ホーソーンのオハイオ州立大学版全集第12巻『アメリカの相続者原稿』(American Claimant Manuscripts, 1997)には『祖先の足跡』(The Ancestral Footstep, 1858)、『エサレッジ』(Etherege)および『グリムショウ』(Grimshawe, 共に1860−61頃執筆)の3作品が収録されている。主題はすべてアメリカ人青年がイギリスの地所に権利の申し立てを行うというものだが、内容的には『祖先の足跡』を足場とし、『エサレッジ』と『グリムショウ』はその進化版とも読める。しかし作品の構成はいずれも物語の断片部分と作者ホーソーンによる創作メモが混在しており、どれもが未完の作品で小説として完成していない。これらの作品の大きな違いは、『祖先の足跡』では主人公の青年の物語がイギリス国内でしか進行しないのに対し、後の2作品は孤児である主人公がアメリカで少年時代を過ごす場面が加わっている点である。この新たな設定により『エサレッジ』以降の物語では、アメリカからイギリスへの時間の流れが発生した。つまりアメリカ場面において主人公に幼少期の記憶が与えられたことで、大西洋を挟む英米間のトランスアトランティックな物語の時間が立ち上げられ、アメリカからイギリスへ渡った主人公の個人的な歴史を、我々は遡及的に参照することが可能になったのだ。
    本発表では『エサレッジ』の物語を中心に、主人公エサレッジがどのようにしてイギリスに自分の繋がりを求めたのかを、接触や移動という身体行為を中心に検証する。その上で、南北戦争前夜に書かれた本作品にどのような権力構造が潜んでいるかを考察したい。

 

現代散文

“Climb right over the fence”
ウィラ・キャザーObscure Destiniesにおける家計

山本洋平(明治大学)


<発表要旨>

    本発表の主眼は、作家の意向で編まれたものとしては生前最後の短編集、ウィラ・キャザーのObscure Destinies(1932)を、家庭内でのお金のやりくりという日常性の問題から再読することにある。キャザー研究において、ここに収められた3つの物語は中心的な議論の対象となることが少なく、多くの場合、長編小説を理解する上での補助的な役割として扱われてきた。とある当時の書評は、Obscure Destiniesで扱われるテーマはMy Ántonia(1918)をはじめとする先行作品の焼き直しにすぎない、と酷評しているが、そのような評価が現在にいたるまで多かれ少なかれ残存しているのである。その一因として、それらは彼女の他の作品とは異なり、一面的には当時の性役割規範に沿った保守的な家族観を示していること、その意味で、現代のジェンダー・セクシュアリティ研究にとって新鮮さに欠くとみなされることが挙げられよう。
    しかしながら、そのタイトルが暗示するようにObscure Destiniesは「明白ならざる」テーマを宿している。Obscure Destiniesを家族にかかわる経済的側面、つまり家計の問題から再検討するとき、家族概念にたいするキャザーのラディカルな眼差しを認めることができるのではないか。たとえば“Old Mrs. Harris”において、家計の働きは決して血族関係に限定されるものではない。ハリスの孫娘Vickieの大学進学をサポートするために、隣人のローゼン夫妻がカネの工面をしたり、Vickieの母Victoriaは、貧しい隣人の子供に“Climb right over the fence”と声をかけて招き入れ小遣いを分け与えたりする。このように血族の「垣根」を越え、利他的にカネが流通するとき、それが親密圏の拡がりの指標となり、伝統的な家族という概念そのものに揺らぎが生じる。本発表では“Old Mrs. Harris”を議論の中軸に据え、家計といういささか卑近な視角から、キャザーの芸術性と日常性の問題に切りこんでみたい。

 



シンポジウムの続き

 

演劇・表象

トランスジェンダーの映画
『殺しのドレス』vs.『リリーのすべて』

清水純子(慶應義塾大学・非)


<発表要旨>

    トランスジェンダーとは、身体の性と心の性が一致しない状態を指す。トランスジェンダーにあたる人は、「性同一性障害」に含まれるが、生まれ持った生物学上の性とは異なる性での社会生活、もしくは性役割(ジェンダーロール)にとらわれない生き方をめざすが、外科的手術によって性別転換までは望まない。トランスジェンダーの人は、トランスヴェスタイト(異性装、文化的性役割に適合した服装をしないこと)をする場合としない場合がある。最近よく使われる用語LGBT(女性同性愛者のLesbian、男性同性愛者のGay、両性愛者のBisexual、性同一性障害を含む性別越境者のTransgender)は、性的少数者を表す。21世紀になってトランスジェンダーを含む LGBTの人々は市民権を得ることに成功し、差別と偏見から自由になろうとしている。
    本発表では、トランスジェンダーが一般的には好奇の対象であった1980年代に製作されたブライアン・デ・パルマ監督の傑作『殺しのドレス』と、21世紀に入って理解を土台にした『リリーのすべて』(2015)との描き方を比較対照して、二つの映画のそれぞれの特質と相違点を分析する。