59号 1998.6

稲垣伸一
Henry James: The Bostonians におけるオカルト・ラディカリズムの表象

中村亨
「野蛮」への憧憬–Hemingway とアウトドアスポーツ
 
大脇美智子
児童文学におけるレズビアン表象の意味

早坂彰修
「熱死」刑を宣告する–Thomas Pynchon の Gravity’s Rainbow における熱力学の役割について

  58号 1997.6

杉山直子
シンポジウム:アメリカ文学と「青い性」 カーソン・マッカラーズにおける少女のセクシュアリティ

舌津智之
シンポジウム:アメリカ文学と「青い性」 青いジャンルの誘惑 –『欲望という名の電車』とエドガー・アラン・ポウ

佐藤宏子
シンポジウム:アメリカ文学と「青い性」 アメリカ文学と「青い性」–「父の書斎」と「母の庭」

神定修一
Wallace Stevens におけるジェンダー・アイデンティティー

奥村直史
“Big Two-Hearted River” — ニック・アダムズのケレンシア,そしてセザンヌ

長瀬美智子
変化が生む永続の意味 — Sula

  57号 1996.6

大野祥子
Edith Wharton のサンクチュアリ — 倫理と貞潔の意味

照沼かほる
Flannery O’Connor の母娘物語にみる女性像

吉田朋正
批評のハムレット — T・S・エリオットと釈義

麻生享志
Gravity’s Rainbow における「書くこと」のアレゴリー

村松美映子
心理描写の陰影 — Picturing Will

市賀弘之
O’Neill の晩年の劇における名前を持つ不在者達

  56号 1995.6

Maho Suzuki
Hawthorne’s Headless Hester

松崎博
Hawthorne の美の教育:時代の趣味と The Marble Faun

金澤淳子
Emily Dickinson –「蒸留」の詩学

Robert Hirshfield
Motifs in Islands in the Stream and The Garden of Eden
 
Nobue Urushihara
Pregnancy and Impregnability in Eudora Welty’s Short Stories

尾崎俊介
交錯する聖と俗の図式:Flannery O’Connor “The Artificial Nigger” について

鈴木淑美
語る言葉・食べる言葉 — Sylvia Plath の修辞学

坂野明子
ポートノイとアメリカ

Kyoko Murakami
Pynchon and an Argument against a One-Dimensional World: The Case of The Crying of Lot 49

西本あづさ
口承の歴史の再現 — Jazz におけるグリオ Morrison の試み

遠藤晶子
Multiculturalism:Vertical から horizontal へ — Bharati Mukherjee の Jasmine におけるナショナリズムとセクシュアリティ

堀真理子
新たな歴史の構築に向けて — アメリカ女性演劇におけるマイノリティの台頭(Gender and/or Ethnicity 議論のための研究ノート)

  55号  1994.6

沼田知加
“a Legend, prolonging itself” — 『七破風の屋敷』の始まりと終わり

Takeshi Narasaki
Walt Whitman and the City

大矢健
The Unnaturalized Naturalism of McTeague

長畑明利
John Ashbery における疑似ダイアローグ — モノローグ性回避の試み

栩木玲子
Bret Easton Ellis: American Psycho

  54号 1993.6

水田宗子
シンポジューム:詩とジェンダー — アメリカ現代詩人を中心に 詩とジェンダーの現在 — モダニズム/フェミニズムの深層への下降と神話志向のあとに

田所明
シンポジューム:詩とジェンダー — アメリカ現代詩人を中心に マリアン・ムアとエリザベス・ビショップ

渡部桃子
シンポジューム:詩とジェンダー — アメリカ現代詩人を中心に アドリエンヌ・リッチ

朝比奈緑
アドリエンヌ・リッチとエミリ・ディキンスン

上野直子
ひびわれる「女の完成」

  53号 1992.8 

難波雅紀
The Antinomian Controversy の一考察 — ウィンスロップの『ニューイングランド史』をめぐって

Kazuyoshi Takano
Politics of Self-Reliance: Emerson and Young America

宮本真理子
E. W. Kemble のハック像

堀真理子
ジェンダーを越える試み — Theatre of the Ridiculous と Split Britches を中心に

  52号 1991.4

大社淑子
シンポジウム・黒人女性文学は抵抗文学か トニ・モリスンの場合

風呂本惇子
シンポジウム・黒人女性文学は抵抗文学か オクティヴァ・バトラーの場合

河地和子
シンポジウム・黒人女性文学は抵抗文学か アリス・ウォーカーの場合

John J. Dorsey
August Wilson: The History Lesson

岡本正明
トマス・ウルフの作品と民衆的形式

小林富久子
母性の再定義 –『アンクル・トムの小屋』とラディカル・フェミニズム

  51号 1990.9

Kaoru Katsuta
The Image of God in the Poetry of Emily Dickinson

鈴木透
アメリカのアラム — William Saroyan 再考

上杉明
フィジオノミーのドラマ — Bellow の近作を中心に

赤尾千波
ルートワーカーの見極めたもの — アリス・ウォーカー短篇再読

堀真理子
サッフォーの後継者たち — 新しい芸術的感性を求めて

  50号 1989.12

Fumiko Morita
Jo/Jean’s Masquerade: Acting and Action in Louisa May Alcott

斎藤悦子
ハックルベリー・フィンの曖昧さのメカニズム — 読者論の視点から

利根川真紀
グロテスク,時間,他者 –『スーラ』をめぐって

Naomi Tonooka
Meredith Monk: Feminism and Postmodernism

高野一良
Apocryphal The Whale:もう一つの『白鯨』

飯野友幸
「80年代のアイアムビック」– New Formalism の詩と詩論

日本アメリカ文学会東京支部会報『アメリカ文学』既刊目次

 
 
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