〈2021年度6月例会のお知らせ〉

〈6月例会のお知らせ〉

6月26日(土)午後1時30分より

オンライン(Zoom・事前申込制)で開催いたします。
会員以外の方の参加も歓迎いたします。

参加申し込みは、こちらからお願いします。

    

シンポジウム

 

戯曲研究と翻訳上演

 

司会:佐藤里野(東洋大学)  

講師:小田島恒志(早稲田大学)

講師:黒田絵美子(中央大学) 

講師:相原直美(千葉工業大学)

 

 本シンポジウムでは、実践もしくはアカデミックなアプローチで演劇に関わっている3名の翻訳者・研究者を招き、戯曲研究と翻訳上演との関係について考察する。文学研究的な戯曲テクストの分析は、しばしば上演においては可視化されない解釈を提示するが、上演の現場で行われる作業も、オリジナルのテクストの緻密な解釈を出発点にしているという点で、戯曲研究と(翻訳)上演は必ずしも対立関係にあるものではない。とはいえ、上演、とりわけ翻訳上演においては、稽古やリハーサルの過程で、役者の演技と台本との相性、演出家の意見、また、上演される時代の社会的状況や観客の反応などを受けて上演台本が改訂されていき、結果的に翻訳者による戯曲の解釈とは隔たりが生まれることもある。この作業に様々なレベルで関わる翻訳者/演劇研究者は、こうした相違に何を見出すのだろうか。本シンポジウムでは、アメリカ演劇の翻訳者、演劇研究者らによるそれぞれの視点から、戯曲研究と上演の作業が互いにどう寄与し得るのかを議論する。

 
 

舞台上演翻訳の実際

『欲望という名の電車』を中心に

小田島恒志(早稲田大学)

 

<発表要旨>

 1970年代頃から父・小田島雄志はシェイクスピアの戯曲を「上演のための翻訳」と銘打って立て続けに訳していきました。中学生の頃からその舞台を見てきた私は、上演のための翻訳というのはこういうものなのだ、と刷り込まれて、今、自分も上演翻訳の仕事をしているわけです。が、そもそも「上演のための翻訳」とはどういうものなのでしょう。まずはそれを具体的に(小田島雄志の訳し方を例に)お話しします。これを一言で言えば、actable な言葉にする、ということです。セリフとして発話し、演じ、それを観客が見て、聞いて、受け止められるものでなくてはなりません。そのためには所謂「意訳」も必要です。意訳とは作者の(原文の)意図を訳すことですが、それはつまり、詳細なテクスト解釈をすることに他なりません。
 小田島雄志の翻訳術の影響をもろに受けて翻訳作業をしてきた私にとって、大きな試練となったのが、2002年に演出家・蜷川幸雄氏に依頼されて訳すことになった『欲望という名の電車』でした。父がすでに訳していて、私も何度も舞台を見ていたので、果たして新たに訳しようがあるのか。具体的にどういう点を意識して訳していったのか、お話ししたいと思います。さらに、2017年にこの『欲望という名の電車』は、前と同じ大竹しのぶさん主演で再演されることになったのですが、演出がイギリス人のP.ブリ-ン氏に代わりました。稽古場で、演出意図を聞いていると、意訳した箇所のテクスト解釈を変更せざるを得ない(訳文を変更せざるを得ない)ケースがいくつもありました。これも、具体的にお話ししたいと思います。
 黒田先生もおっしゃっていますが、翻訳者が翻訳の話をするのは、いい訳(言い訳?良い訳?)しているみたいで心苦しいのですが、どうぞご寛恕ください。
 
 

翻訳劇の伝えられること、伝えられないこと

黒田絵美子(中央大学)

 

<発表要旨>

 『テネシー・ウィリアムズ戯曲選集I』(早川書房1977)のあとがきで、鳴海四郎氏は「こなれたセリフ」と「まのびした翻訳」という言葉を用いて、上演台本翻訳の際、訳者が直面する課題を分析している。原作の表す人物や世界を限りなく忠実に日本語に置換え、かつ観客に分かり易いセリフ運びにすることは至難の業であると同時に翻訳に取り組む者にとっては魅力ある挑戦である。
 たとえ原作どおり正確に翻訳出来ていても、話し言葉として馴染まない、リズムもない、「まのびした」セリフになってしまっては、観客は置き去りにされてしまう。かといって、意訳し過ぎて日本語の日常会話のように耳に馴染みが良すぎる「こなれたセリフ」であれば良いかというとそうでもない。あくまでも原作の持ち味やテンポを伝える舞台の言語として翻訳することが要求される。
 上演台本は印刷が仕上がって終了ではなく、稽古場で演出家はじめ俳優たちとの度重なる対話を経て、さらなる解釈や改訂が加えられ、それを観る観客の反応によって最終版が出来上がっていく。翻訳者は原作者の代理人として作品の真価を忠実に伝えていく務めを果たしつつ、稽古場で発せられるさまざまな意見や解釈に耳を傾ける柔軟な対応が求められる。さらに、文字ではなく台詞として観客の耳に違和感なく伝わることも重要である。海外の作品を上演する際における稽古場での翻訳者の役割、演出家や俳優、スタッフたちとの関わりなど、芝居の製作現場での体験を踏まえて、戯曲翻訳という仕事の抱える課題や限界、そして、言語や文化の違いを超えて作品の持つエネルギーが観客に伝わった時の喜びについて具体的事例を提示しながら論じていく。
 扱う作品は、Good People (David Lindsay-Abaire 2011)、Arsenic and Old Lace (Joseph Kesselring 1941) 他、わたしが日本での上演に際し翻訳台本を手掛けた作品を中心とする。
 
 

「小鳥」の正体を巡って

Cat on a Hot Tin Roof の二つの第三幕から見えてくるもの

相原直美(千葉工業大学)

 

<発表要旨>

 Tennessee Williamsの中期の代表作Cat on a Hot Tin Roof (1955)のテクストは、劇作家と演出家が上演台本を巡って繰り広げる緊迫した攻防戦の一例を示す貴重な記録でもある。この劇には二通りの第三幕(最終幕)が存在している。一つはWilliams自身による「オリジナル版」(‘Cat number one’)であり、もう一つはWilliamsのタイプ原稿を読んだ演出家Elia Kazanが大幅な修正を要請し、それに応えるかたちでWilliams自身が書き直した「上演版」(‘Cat number two’)である。このKazanの要請が色濃く反映された第三幕が功を奏してかKazanの演出によるこの戯曲の初演は結果的に大ヒットとなり、Williamsもこの成功で二つめのピュリッツァー賞を手にすることになる。しかし、Williamsはこの戯曲を出版するにあたり、第三幕については修正前の「オリジナル版」とKazanの要請が反映された「上演版」の二つを並べて載せる、という思い切った出版形式を採用する。Williamsは「作者の弁」の中でKazanの修正要請が的確なものであったことは重々認めつつも、もしかしたら自分の「オリジナル版」も「上演版」と同じくらいの高評価を得られたのではないか、と読者に問いかけているのである。この二通りの第三幕は、劇作家と演出家の意図の決定的な差異を互いが火花を散らすように照射しあっている。本発表ではこの二通りの第三幕を比較検討しつつ、更にはこの戯曲の特徴的なト書きを手掛かりに、この劇に潜むWilliamsの新たな演劇形式への希求の一端を読み解いてみたいと思う。

 
 

分科会

 
 

近代散文

“Life Without Principle”における

Thoreauの社会批判と死生観との関係性をめぐって

西田梨紗(大正大学・院・単位取得満期退学)

 

<発表要旨>

 19世紀半ばのアメリカは資本主義経済が急速に確立していく最中であった。Henry David Thoreauは富を追い、忙しなく働く人々で溢れる社会について「考えたことを書き込む白紙のノートさえ簡単に手に入らない」と、“Life Without Principle”(1863)に綴っている。Richard J. Schneiderの考察に代表されるよう、この作品は「貪欲さへの解毒剤(“the antidote to greed”)」として解釈されることが多い。
 しかし、Thoreauが “Life Without Principle” で隣人たちを批判した背景には、この作家の生死についての関心の高さもまた窺える。1842年1月、Thoreauは最愛の兄Johnを突然にして失い、その数日後にRalph Waldo Emersonの息子が幼くして亡くなっている。Thoreauにとって死とは身近であり、突然にして訪れるものであった。だからこそ、将来の事ばかり見据え、人生の価値が最低となる老年期にあやふやな自由を楽しもうとする隣人に対し、Thoreauは今を実りあるものにすることに注力したのではなかろうか。
 本発表では、Thoreauが“Life Without Principle”で隣人を叱責する理由の一つには、「死を忘れるな(メメントモリ)」という警告もあるのではないかという問いを考察したい。あわせて、Émile DurkheimのLe suicide(1897)を解釈の手がかりとし、Thoreauが自分自身も含め、隣人たちが肉体の死が訪れる前に、自らを殺してしまう可能性を危惧しているのではないかという問いも考えたい。これらの考察を通じて、Thoreauが当時のコンコードの人々の暮らしに向けた批判的眼差しは、作家自身の死生観にも関係するのではないかという問題を明らかにする。
 

現代散文

「東」への帰還

「キリマンジャロの雪」における死のイメージ

横山晃(立教大学)

 

<発表要旨>

     本論は、アーネスト・ヘミングウェイの短編「キリマンジャロの雪」(1936)をとりあげ、1930年代における作者の死に対する意識に焦点を合わせる。アフリカで怪我を負った主人公ハリーは過去の記憶を回想しつつ、最後には飛行機で運ばれる夢を見ながら死を迎える。作者と多くを共有するハリーは、文字にしようとこれまで記憶にとどめていた出来事を思い出すが、その記憶は作者ヘミングウェイのものと一致することがみてとれる。想起される記憶のうち、本論では特にギリシャ=トルコ戦争への言及に焦点を合わせ、1930年代にヘミングウェイが試みた主人公の死というモチーフの意味を分析していく。その際、第一次大戦直後に起きたギリシャ=トルコ戦争がいわゆるヨーロッパとアジアの境界をめぐるものであったことに着目し、東(オリエント)への想像力がどのように働いているのかを確認していく。1920年前後に起きたギリシャ=トルコ戦争を30年代に思い返すことの意味を、本論では「帰還」という語を用いて分析していく。最終的に、ヘミングウェイはオリエントという異なる文化圏において、未知の現象である死を描くための一つの方法論を得た、というのが本論の着地点となる。キリマンジャロ上空へと向かう途中ハリーは「東」に向かっていると考える様に、死がヘミングウェイにとって東への想像的な帰還と結びついていることを検証する。

 

MelvilleとGlobal South

‟At the Hostelry” を中心に

佐久間みかよ(学習院女子大学)

 

<発表要旨>

 Herman Melvilleが詩人としていつ最初に詩集を出版したかは、未だ議論がある。今回取り上げる詩は1860年に最初の詩集として出版を準備していたと言われるものの中に入っていたとされる。ヘンドリックス版では、地中海旅行で訪れたイタリアを題材にした“At the Hostelry”と“Naples in the Time of Bomba”(NN版では、“An Afternoon in Naples in the Time of Bomba”)は、“Marquis de Grandvin”というタイトルでまとめられ、2つの詩のみ収録されていたが、NN版では、語り手たちを紹介した散文と合わせ、“Parthenope”としてまとまった形で収録され、メルヴィルが出版を目指し晩年推敲を重ねていたものとされる。1860年頃から亡くなる直前まで手を入れていた題材がイタリア統一運動を背景にしていたことをどう解釈したらいいだろうか。メルヴィルがこの詩を書き始めたとされる頃、アメリカでは南北の分断が進んでおり、イタリアの統一運動は憧憬を持ってみられていた。『戦争詩集』で問題視される「補遺」における南部への言及ともあわせ、メルヴィルにとって南部とは何を意味していたのか。イタリア統一運動をGlobal South問題として解釈される研究ともあわせ、“At the Hostelry” にその手がかりがないか考察していきたい。

 

演劇・表象

『ハミルトン』

ブロードウェイでよみがえる異端の建国の父

谷佐保子(早稲田大学・非)

 

<発表要旨>

 歴史的ヒットを続けるミュージカル『ハミルトン』を見た観客は二つの革命に遭遇する。一つはアメリカ合衆国建国の父の一人アレクサンダー・ハミルトンを中心に描いたアメリカの独立革命。そしてもう一つはこれまでのブロードウェイの様式を変えるミュージカルの革命である。白人中心に築いたアメリカ合衆国独立の歴史をアフリカ系、ヒスパニック系、アジア系など非白人のキャストでヒップホップ、ラップ、R&Bなど現代の音楽で見直したこの作品はブロードウェイに、斬新で力強いミュージカルの形態を生み出した。2015年2月にオフ・ブロードウェイのパブリック劇場で開幕した直後から各方面で絶賛され、同年7月、ブロードウェイのリチャード・ロジャーズ劇場に進出するとその人気はますます高まり、社会現象となり、半年以上先のチケットも入手困難となった。2016年度のトニー賞ミュージカル部門では史上最高の16部門にノミネートされ、そのうち11部門で最優秀賞を獲得するという快挙を成し遂げた。
 台本、音楽、主演を担当したリン=マニュエル・ミランダは2008年、休暇中に読んだロン・チャーナウの『アレクサンダー・ハミルトン』を数章読んだ段階でこの題材に興味を示し、ミュージカル『ハミルトン』の構想に取り掛かったという。ミランダは「歴史をコントロールすることはできないので物語として受け入れ」、彼自身のアレクサンダー・ハミルトンの物語を作り上げたという。そこにはこのミュージカルの成功に結びつくどんなミランダ独自の視点が表れているのか、本発表ではアレクサンダー像と彼を取り巻く主要人物の描き方、演出方法、そしてミランダのビジョンを中心に眺めていくことにする。